強化人間のわたしがAIにハンドルを取らせていた頃の話
by yasuna
6 min read
この記事はAIエージェントと一緒に執筆しています
こんにちは!yasunaです!
端的に言うと、「AI の使い方で人を2種類に分けるつぶやきをしてしまい、あとから自分にツッコミを入れた」 という話です。言い出したのはわたしです。
噛み合わない会話があった
こんなことをつぶやきました。
AIで楽になったから考えるのを辞めちゃった人とその分人間がドメイン知識を高速で詰め込んで強化人間になっている人とで明らかにAI使うの質的意味が違うので話が噛み合わないな、っていう話をした — yasuna (@yasun_ai) / X
AI を使ってる人同士なのに、話が噛み合わないことってあるんですよ。同じ「AI 使ってます」なのに、中身が全然違うから。
片方は、AI が答えを出してくれるので考える工程ごと手放した人。もう片方は、AI に手を動かしてもらって浮いた時間で、ドメイン知識を高速で詰め込んでる人。後者はどんどん強くなります。同じツールを使ってるのに、積み上がるものが逆方向なんですよね。
だから会話が噛み合わない。「AI 便利だよね」の「便利」が指してるものが違うので。
でも、自分で書いてて引っかかった
……と書いたあとで引っかかりました。これ、わたしがいちばん苦手なタイプの二元論では?
まず「考えるのを辞めちゃった人」って言い方がけっこう失礼です。それに、ある瞬間の状態を切り取って、その人の資質みたいに読んじゃってる。
二極化という 現象 は本当にあると思います。積み上がるものが逆方向なのは事実なので。わたしが乗りたくないのは、そこから一歩進んで人を「辞めた側」「強化側」の どちらかに固定する二元論 のほうです。現象の観察と、人へのラベリングは別物なんですよね。
というか、わたし自身が「渡してた側」だった
えらそうに言ってますが、白状しないといけない過去があります。
1年ちょっと前まで、わたしは非エンジニアでした。個人開発はしてたんですが、プログラミングの構造化とか、ソフトウェアの基礎みたいなところが全然できてなかった。だからその辺を まるごと AI に移譲して、動くには動くけど中身はスパゲティコード、みたいなものを量産してました。
で、うまくいかないんですよ。動いてるのになんで壊れたのか分からない。直したいのにどこを触ればいいか分からない。エンジニアの人に教えてもらいながらなんとかしてた時期が、たしかにありました。
そのときに思ったのが、「ここは AI に渡しっぱなしにできない。自分がやらなきゃいけないドメイン知識だ」ということでした。それでエンジニアに転職して、いま1年が経ちます。
つまりわたしは、あのつぶやきで言う「考えるのを辞めちゃった人」を 通過してから 「詰め込んでる人」になったんです。二元論で人を固定できないことの、いちばん手近な証拠が自分でした。
人生には、ハンドルを渡していい時期がある
だから、いま思ってるのはこれです。
人生の優先度で、AI にハンドルを取らせる時期があってもいい。
非エンジニアだった頃のわたしにとって、実装を AI に移譲するのは合理的な選択でした。あれがなければ、そもそも個人開発を続けられてないし、「ここが自分の弱点だ」と気づくこともなかった。スパゲティコードは失敗作ですけど、どこを学ぶべきかを教えてくれた失敗作でもあります。
仕事が山場だったり、体調を崩してたり、まったく別のことに集中したかったり。そういうときに「この領域は AI に任せて、自分は考えない」という期間があっていい。それは思考停止に堕ちたわけじゃなくて、単に今そこにリソースを置いてないだけです。
個人開発をしてると特にそう思います。企画も実装もデザインも文章も、全部の領域で強化人間ではいられない。今はここを取りに行くと決めたら、他は AI に握らせる。配分の問題であって、資質の問題じゃないんですよね。
ひとつだけ気をつけてること
ただ、渡しっぱなしにはしないようにしてます。
あとから 「なんでこの答えになったんだっけ」を自分で検証できる余白 さえ残しておけば、渡す側と取りに行く側は行き来できるので。ハンドルを渡すのと、車を降りるのは違うというか。
スパゲティコード時代のわたしは、まさにこの余白がなくなってました。壊れた理由を検証できない、直す場所が分からない。あれは AI にハンドルを渡してたんじゃなくて、気づかないうちに車を降りてたんだと思います。降りてたことに気づけたから、取りに戻れた。
いまもこのブログの記事を AI に書かせることはよくあります。でも出てきた原稿を没にする判断は自分でやってるし、なんで没なのかは言語化するようにしてます。そこを手放したときが、また車を降りるときですね。
それで、噛み合わない問題はどうなるの
冒頭の「話が噛み合わない」に戻ると、二元論をやめると会話も変わります。
相手を「辞めた側の人か、強化側の人か」で判定するんじゃなくて、「いま、どこにリソースを置いてるんですか」 を聞けばいい。同じ AI の話でも、実装を渡してる時期の人と、実装を取りに行ってる時期の人では、便利の意味が違って当然です。時期の違いだと分かっていれば、それは噛み合わない会話じゃなくて、ただの近況報告になります。
わたしも1年前に「AI に全部書かせてるんですよ〜」と言ってた側なので、いまそう言ってる人に会っても「ああ、その時期なんだな」と思うだけです。来年どっちにいるかなんて、お互い分からないですからね。
まとめ
- AI 活用の二極化(積み上がるものが逆方向になる現象)は本当にあると思う。でも、人を「辞めた側」「強化側」のどちらかに固定する二元論には乗りたくない
- わたし自身、非エンジニア時代に実装を AI へ全部移譲してスパゲティコードを量産し、そこから「これは自分のドメイン知識だ」とエンジニアに転職した。固定できない実例が自分
- 人生の優先度で、AI にハンドルを取らせる時期があっていい。思考停止じゃなくて配分
- 気をつけるのは、あとで検証できる余白を残すことだけ。ハンドルを渡すのと、車を降りるのは違う
ちなみにこの話、漫画にもしてみました。よかったらこちらもどうぞ。
https://x.com/yasun_ai/status/2093607155844952092
ここまで読んでありがとうございました。いまハンドルを渡してる時期の人も、取りに行ってる時期の人も、それぞれの配分に幸あれ。